チル菜び

いつか行きたい日本の名所、今日の一曲、ミスチルネタ、中森明菜ネタ、
行った気になる世界遺産、車中泊旅行ネタなどを自分勝手に書き綴ってます。

チル菜び イメージ画像

旅行

紅富士の湯へ この時期は日の暮れるのも早く。。。 他にも行く予定の場所があったのですが、諦めてお風呂へ 道路からの入口が狭くて入りづらかったのですが、駐車場は広々でした。
『紅富士の湯へ』の画像

国宝 松本城天守 9:00~16:00の間、本丸庭園内に忍者などの装束をまとった「おもてなし隊」が登場します。お手持ちのカメラをお預かりして撮影したり、おもてなし隊と一緒に撮影することができるようです。 ・・・がそんなこととは知らなかった私は、また何
『松本城へ***』の画像

石田三成陣跡に向かいました。 ここが、あの関ケ原合戦決戦地だと思うとなんかゾクゾクします 関ケ原合戦のあらまし 西暦1600年(慶長5年)9月15日(現在の暦では10月21日)、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍がここ関ケ原盆地で激突した。 豊臣秀吉亡き後、
『★石田三成陣跡★1』の画像

壬生温泉はなの湯でお風呂に入り・・・ この日の車中泊予定地「伊吹PA」方面へ移動します。 途中・・・ 車中から東寺の五重塔が見えました。 丁度信号が赤だったのでラッキーでした 到着した伊吹PAは・・・ 大型車のスペースがとても多い!! 一応調べて
『温泉入って移動』の画像

清流園 江戸時代の豪商の屋敷から建物や石を移築して昭和に造られました。 洋風と和風がミックスされて独特の趣を放っています。 園内には和楽庵と香雲亭という二つの建物があります。 清流園では毎年春と秋に各流派のお茶席を堪能できるお茶会が開催されています。 ま
『世界遺産 元離宮 二条城へ行ってきました⑦』の画像

本丸御殿 寛永3年(1626)に完成した本丸御殿は、かつては二の丸御殿に匹敵する建物だったようです。 室内も二の丸御殿同様に狩野派の障壁画が飾られ煌びやかだったようです。 残念ながら本丸御殿は火事によって創建当時の姿は失われてしまいました。 幕末以降、二条城
『世界遺産 元離宮 二条城へ行ってきました⑤』の画像

二の丸御殿 江戸時代の武家風書院造りの代表的なもので,車寄に続いて遠侍,式台,大広間,蘇鉄の間,黒書院,白書院の6棟が東南から北西にかけて雁行に立ち並んでいます。 建物面積3,300平方メートル,部屋数33,畳は800畳あまり敷かれています。 代表的な「松鷹図」を
『世界遺産 元離宮 二条城へ行ってきました②』の画像

仁王門 長い参道の本堂近くに立つ仁王門は、本堂と同じ年代に建立されました。 三間二間で一対の金剛力士像が向きあっております。 正面につり下げられた一対の大草鞋は昔は仁王像の大きさに応じて50cm程度でしたが、江戸時代中頃から仁王門を通過する参拝客が健脚
『湖東三山 	釈迦山 百済寺へ行ってきました③』の画像

鐘楼 県指定文化財 乾元2年(1303) 国宝 大悲閣本堂 弘安11年(1288)1月建立の銘が須弥壇にあり鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されており、東京オリンピックには世界に誇れる日本の建造物の一つとして文部省が十分の一の
『湖東三山 松峰山 金剛輪寺へ行ってきました⑤』の画像

注昨年の続きです 湖東三山 松峰山 金剛輪寺へ 総門 「黒門」とも呼ばれる。江戸時代の建立。 天台宗 金剛輪寺  松峯山金剛輪寺は、聖武天皇の勅願により天平13年(741)にで行基が開山したと伝えられる。  秘仏の聖観世音菩薩は行基が一刀三礼で彫り進めた
『湖東三山 松峰山 金剛輪寺へ行ってきました①』の画像

沼津御用邸 東附属邸 東附属邸は明治36年4月、皇孫殿下(昭和天皇)の御学問所として、赤坂離宮の東宮大夫官舎を移築し、造営されました。 常住するための建物ではなく、臨時的な使用が中心であったと思われます。 昭和45年に沼津御用邸記念公園として公開さ
『沼津御用邸 東附属邸』の画像

お庭が整備されていて、とても綺麗です。 喫茶「主馬」 抹茶やソフトクリーム、夏はかき氷、ところてん、冬は甘酒などが頂けます。 歴史民俗資料館 いにしえの沼津の人々の暮らしや漁業・農業の歴史的な道具の展示などが行われています。
『沼津御用邸記念公園散策 』の画像

沼津御用邸 西附属邸御殿② 調理室 皇族の食事を作っていた部屋で、今でも当時のままの流し台や竈、換気と採光のための天窓など、珍しい設備が残っている。                           内玄関                    
『沼津御用邸 西附属邸御殿②』の画像

↑このページのトップヘ